January 10, 2007

降格

米学会06年の言葉「冥王星」は「降格」 nikkansports.com より。

米国方言学会は英語で「The American Dialect Society」というのだ
とか(今調べた)。
そういえば昔、「ニューヨーク訛り」というフレーズを映画か何かで
見たような…。でもどこがどう訛っているのかは判りませんでした(笑)

冥王星はプルート(Pluto)なので、I have plutoed! 「リストラされた!」
とでも言うんでしょうか。なんか団塊のオトーサンの悲哀を感じます。

そういえば、pluto を語源にして命名されたのが Plutonium でした。
今にして思えば、冥界の王、すなわち日本では黄泉の国神(イザナミ)
を表す名前は、あまりに必然的で、ある種の業というか因果というか
運命(さだめ)を語っているようでもあり。

冥王星が矮惑星に降格しても、他方がこの世から消えるあてはなく
「降核」の脅威は厳然と残り続けているんだよね。いまも。第三惑星で。

[2007年01月10日02:54 From mixi]

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June 15, 2005

遅ればせながら祝・25年

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しばらく、ブログの更新が途絶えてしまってましたが、ぼちぼちまた
始めようかと思います。時に6月ももう半ばだというのに、6月1日の
記念すべき日を、当ブログで扱っていないのはどうしたことか、という
声があったかなかったかは…。


はい! 今回は 河合奈保子歌手デビュー満25周年記念特集でございます。

1980年6月1日に、それまで河合奈保子=「かわいなほこ」と呼ばれていた少女は、
かわいなおこ」として全国デビューを果たします。
デビュー曲は「大きな森の小さなお家」。
キャチーなメロディは、同世代の方なら1度くらい聞いたことがあるでしょう。その日
から、イベント・キャンペーンの参加、1stアルバム・2ndシングルの制作、そして
日本青年館での初コンサートなどなど、多忙な生活が始まりました。

それからというもの、持ち前の頑張りで不慮の事故を乗り越え、愛らしい笑顔と
ひたむきな歌唱力で、日本の音楽シーンに数々の金字塔を打ち立てた業績は、
忘れられてはいません。

そして。毎年7月24日に行われる、読売ランドEASTでのバースデー屋外ライブでの
奈保子ちゃんの溌剌としたステージ捌きでは、アイドルを脱皮したライブパフォーマー
としての実力を垣間見ることが出来ましょう。アイドルからの進化という点では、
リリースする作品の質が、時に実験的だtったり、米国の大物アーティストとのアル
バム共同制作を2度も実現したりと、他のアイドルたちが出来ないようなことをやり
遂げたことは、今でも評価されていることだと思います。

また、自作曲中心となってからは、時に切なく、時に力強く、人の心の動きを表現
するメロディや歌詞の運びが素晴らしく、一貫して心に染み込んでいく音楽作りを
求めてきたと思われます。日本の(アダルト)ポップス界は、ともすると、大御所中心
になりがちですが、だからこそ若い「アーティスト」河合奈保子の存在を、再評価して
もらいたいと考えます。

1995年、奈保子ちゃんがFM東京ホールのステージを下りたときから、私たちは、
奈保子ちゃんが公で歌う姿を見ることは出来ずに、現在に至ります。
ご存知のように、結婚生活と出産・育児に専念するための、(無期限)休業に入って
いらっしゃいます。

そんな中で、奈保子ちゃんのデビュー25周年がやってきました。

それでも、私には、奈保子ちゃんとその作品に25年間、励まされもし、心を和まされた
思い出があります。いま活躍している歌手と同レベルで、奈保子ちゃんは私の中で、
活動しているといって過言ではありません。だから(奈保子ちゃんに届くか届かないか
判らないけれど)メッセージを送ってみようと思いついたのです。

ネットで知り合った多くの奈保子ちゃんファンは、当初、本人にメッセージを送るべきか
どうか悩んでいました。「25周年おめでとう」の先に、復帰を望む文言を入れるべきか
否か。それが、完全休業中の奈保子ちゃんにどういう影響を与えるのか予測がつか
ないなかで、どづいう意思表示をしたらいいのかを模索していたのだと思います。
結果、6月1日になって多くの方よりファンサイトのBBSやメール形式でおめでとうの
メッセージが発信されていきました。電報やファンレターを送った方もいたようです。

私は、ちょっと直接的に、事務所宛に祝電を打つことにしていました。ひょんなことから、
うすいのたかしさんとの共作ということで、事前に予定してたものにちょっと手を入れる
ことになりました。6月1日に配達してくれるようNTTに頼んだ文面は、以下の通りです。

河合奈保子様

デビュー25周年おめでとうございます。
アイドルからアーティストへ見事な進化を遂げた奈保子さん。
今でも奈保子さんの作品を聴いては、音楽性の豊かさに感服し
元気をもらっています。また歌いたくなったら、いつでもどこ
でも力いっぱい応援します。♪心には翼があるから‥


時計の針が、6月1日午前0時を回ったのを確認して、CD棚から「JEWEL BOX」の
Disc-1 を取り出し、深夜なのでヘッドホン装着のうえで、音量めいっぱい上げて、
デビュー曲「大きな森の小さなお家」と「ハリケーン・キッド」を聞く。
ああこういう瞬間が、ファン冥利に尽きるということか、と改めて合点した次第。
本来はシャンパンでも豪快に開けたい気分でしたが、我が家の「肝休日条例」
日に当たったため、ローアルコールビールでの乾杯となりました(笑)。

次は30年後ですかね。そのときまでに奈保子ちゃんは復帰してくれているので
しょうか。すべては奈保子ちゃんの胸の中にしまっているのかもしれませんね。

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April 01, 2005

中島みゆき・この世に二人だけ

「予感」 (1983年3月5日発売)収録。

「無人島に行くとしたら何を持っていく?」 昔、よく友人と話したフレーズである。ある者は「本」といい、ある男は「女」と言った。では、「無人島に女性と二人だけ漂着したとしたら?」と問うてみる。多くの男は、(ある女性)を理想的な女に置き換えて、こう言うだろう。「そりゃあ、なるようになるものだよ。男と女だもの」。
それでは、と勿体つけて、クラスや職場で孤独がちになっている女性の名前を挙げて、「彼女と二人きりになったらどうする?」と、意地悪な聞き方をしてみる。多くの男が言うだろう。「それだけは勘弁して欲しいよなあ」。悪意のない、しかし趣味の悪い冗談話。

「この世に二人だけ」は、そんなエピソードが語られる歌ではない。共通しているのは、二人きりになった男性の側にとって、「私」は(決して)恋愛対象ではないということ。  「私」は彼を愛してしまっているのに。

彼にはイラストレータと思われる妻がいる。幸せそうな家庭。「私」は自分の情念のために、彼の家庭を壊そうとは考えない。愛妻を含めてこの世の人間が死んだとしても、「私」は彼に選ばれない。そう信じている「私」の希望はただ、彼をより近くに感じたいこと。その儚い希望が、彼の愛妻が書いた絵の載った本を、彼の苗字が活字になっているその本を、他にしかたなく、ためらいがちに、買い求めさせる。
それは心が弾む程のことでもない。むしろ無常感が「私」を包み込む。無人島のような街角の空気の中で。

最初から行き場を失ったままの愛を抱えつつ、投げやりの一歩手前で生きている女性の描写が鮮明だ。

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March 20, 2005

河合奈保子・SUMMER HEROINE

健康的な水着写真をジャケットに持ってきているとおり、フォトジェニック・アイドルとして勝負に打って出たアルバム。

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題名どおり、夏向きなアルバムである(1982年7月21日発売)。全10曲中、7曲が竜真知子作詞・馬飼野康二作曲という、ヒット曲「スマイル・フォー・ミー」作家陣の曲で占められている。両氏のシングル作品である「ラブレター」「夏のヒロイン」も収録されており、レコードセールスをかなり意識したのではと思われるが、そうした販売方針とは別に、この後にリリースされる名盤「あるばむ」以降に繋がる兆候も見られる。

一つ目は、作家陣として、初めて、竹内まりや(作詞・作曲)を起用したことであろう。4曲目「アプローチ」がそれであるが、後の「けんかをやめて」に代表される、上質のティーンエイジポップスが、この曲にも体現されている。この曲の印象が制作陣に好評であり、後のシングル制作に繋がったのか、あるいは、すでに次期アルバム「あるばむ」のコンセプトが決まりかけていて、そのテストケースとして作られたものかは、想像の域を出ない。しかし、最初の竹内まりや作品が「SUMMER HEROINE」の中にあったことは、記録に留めておいていいだろう。

二つ目は、本格バラードへの挑戦である。5曲目「帰れない」や9曲目「Please Please Please」(いずれも竜真知子作詞・馬飼野康二作曲)は、以前のアルバムに多く見られた、伊藤アキラ作詞によるマイナー調ポップスとは、一線を画する仕上がりになっている。特に、「Please Please Please」は、最初スローテンポで始まり、次第にテンポが上がり、サビの部分ではボーカルが声を張り上げる形式は、中期・河合奈保子の曲構成に通じるものがあるのではないだろうか。歌詞も失恋することになった女の子の切ない心情を綴っていて、収録曲中ではj「ラブレター」に次ぐ名曲ではないかと思う。

終曲「もうすぐSeptember」では、夏の恋が終わったあとで、ひとつ成長した自分を見出す。アイドルカラーの強い「SUMMER HERIONE」であるが、ある意味、ボーカリストに向けての階段に足を踏み出し始めたアルバム、といえるだろう。

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March 06, 2005

Eternal Ballads に寄せて 最終章

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女性シンガーの名バラードを集めた「Eternal Ballads」。女性の心模様を浮き上がらせる、最後の4曲を紹介する。

M-12「カボシャール」 田中好子
東京25時。数時間前に出会った男と女が肌を触れ合わせたあとで。
男は思う。女なんてちょろいものさと。その自信が幻想であることに気づかない。
女は思う。男なんて簡単なものさと。化粧としぐさと香りの罠に、男を絡めとっただけと。
男は女の媚薬の虜になったにすぎない。カボシャールは魅惑の香水。その意味は
「強がり」。強気な男こそが、この媚薬におちていくのだ。
大人の一夜をミステリックに表現した作詞「与詞古」(田中好子)の才能が感じられる。

M-13「窓」 桜田淳子
叶わない恋。報われない恋。思いを寄せる彼は、いつも恋人と一緒だ。そして私は
窓越しにそんな二人を見つめている。ああ、静かに燃え上がる恋心を、誰に託せば
いいのだろう。
幸せそうな二人。祝福されている二人。窓越しの二人の姿が次々と目に浮かぶ。
窓。どうして自分は窓の向こうに行けないの?彼の心の窓は私には開けられないの?
思い巡らす度に、記憶に現れる窓越しの二人の影…。
シャンソン調の楽曲が、悲しい片想いの心情を情感豊かに表現して心に染みていく。

M-14「シルエット・ロマンス」 大橋純子
女は恋するほどに美しくなる。だから恋を重ねた大人の女は、必然的に美しくなる。
そしてより美しくなるために、恋をしようとする。目的と結果が倒錯していくのだ。
ゆえに一度恋におちたら、美しくあるために、女は恋に一途になる。
まるで恋の海の中に身を沈め、陶酔するかのように。貪欲なのではない。ただ女性
を輝かせる魔法の重力が、女心を恋の深淵に引き込んでいるのだ。
来生えつこ・たかおコンビの耽美的世界に、艶やかなボーカルが加わり、名曲が
生まれた。

M-15「聖母たちのララバイ」 岩崎宏美
女性が花開くとき、それは恋をしているときと、母として愛を注いでいるときだろう。
特に男性にとって、ときに母性は心を慰め、童心に帰ることが出来る。真の母親は
別格として、恋人であれ妻であれ、男は自分でも気づかないほどに、母性を求めて
いるものだ。甘えられる存在、許してもらえる存在、すべてを委ねられる存在としての
母性。そう、すべての女性がマリアなのだ。
女と男の入り混じった世界に、信じることができるもの。それは、無限のいつくしみに
あふれた母性の姿ではないだろうか。
岩崎宏美の透明なボーカルは、俗世の穢れをさらうように澄みきって、聖母像を見た
思いさえある。女性の恋愛模様を綴ってきた、物語の結末にふさわしい選曲であろう。

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January 25, 2005

Eternal Ballads に寄せて 第3章

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第2章からひと月余り間があきましたが、「Eternal Ballads に寄せて」を再開します。
今回は、甘酸っぱい、青春の物語を3編.。

M-9「DEAR ~コバルトの彼方へ~」 荻野目洋子
青い空、白い砂浜、コバルト色が広がる海。この島を、彼女は目指している。そう、彼に再会するために。
待ちわびる、まだ若い彼は、はやる気持ちを抑えてなお、心が浮き立つようだ。島に降り立った彼女に会っても、まじまじと顔さえ見ることが出来ない。彼は、はにかみながら、ただ彼女の手をとって、誰もいない砂浜へと、彼女を誘う。誰にも邪魔されたくない、ただ二人だけの時間を過ごしたいから。
荻野目洋子の力強いボーカルは、青年のまっすぐな愛情をボーイッシュに表現して、心地よく響いてくる。

M-10「Love Letter」 酒井法子
永い別れ。時にそれは、心を閉ざして鍵をかけてしまうもの。一度鍵がかかれば、どんな言葉も届かない。
失ったものに対する喪失感、悲しみは、容易には消えようとしない。ただ時間だけが、氷が溶けいくように、心の鍵を緩めていける。
言葉は通り過ぎて風化しても、手紙は封を切られるまで、出されたときのまま新鮮だ。鍵が外れ心の扉が再び開くとき、初めて読まれる手紙は、降り積もった時間の分だけ雄弁であり、かつ優しい。ひたひたと心のひだにしみていく。
少女の心情の変わる様を1曲のなかで表現した、尾崎亜美(作詞作曲)の力量を評価したい。

M-11「時に愛は」 松本伊代
恋を知って間もない頃は、恋愛そのものより、恋をしている自分自身に不安になるのだろう。
打ち明けたいと思っていても、心が乱れて、気持ちが定まらない。好きだという気持ちに素直になれたら、どんなに楽だろう。友達のように会話したり冗談を言ったり怒ったり。いや、それだけでは満たされない何かが、心の中にひとつあると、気付いているのに。恋していることを認めること、それは、恋が叶うかどうかの前に超えなければならない、心のなかの高いハードルだ。
松本伊代の声質は、ごく普通の少女の気持ちを代弁するように聞こえて、ひたむきさが伝わってくる。

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December 05, 2004

Eternal Ballads に寄せて 第2章

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女性シンガーの名バラードを集めた「Eternal Ballads」。今回は、結婚に踏み出した女性の心情から始まる。

M-5 「リンダ」 アン・ルイス
結婚式は、一生を、「独身人生」と「既婚人生」に分け隔てる、決別と転生の儀式である。
どんな理想の相手に巡り合えたとしても、それは「独身人生」での出来事。「既婚人生」は、まさにゼロからの旅立ちに他ならない。バージンロードを踏むとき、花嫁は、初めて飛ぶ雛鳥のように臆病なのだ。綺麗な衣装、華美な演出、「独身人生」の知己達、すべて飛び立とうとする彼女を後押しする、道具立てに過ぎない。
そのなかでも、同性の友人からの言葉は、きっと花嫁に、飛び立つ勇気と励ましを与えることができるだろう。
2番の歌詞は英語だが、曲の真髄はこちらの方にある。臆することなく花嫁へのメッセージを解読しよう。

M-6 「部屋とYシャツと私」 平松愛理
結婚することで生まれる寂しさは、幸せの代償なのだろうか。
(専業)主婦にとって、家庭と外(外界)との接点は、ほぼ夫に依存している。夫を失うことは、「部屋にYシャツと私」しか残らないことを、意味するのだ。それは、社会的な死を予感させる不吉なもの。故に、浮気の兆候はわからぬように。本気なら一緒に死のう。天寿のときは見届けて。という願いが湧き出してくる。いずれも、「ひとりにしないで」という切実な叫びだ。
わがままなのではない。降りかかる寂しさの恐怖を、避けようとしているに過ぎないのだ。そのうえで、ふたりでいるかぎり、どんな苦難も平気だという。
語りかける口調とメルヘンチックな伴奏が、甘口のラブソングを彷彿させるが、実のところは、魂の絶唱である。

M-7 「愛・おぼえていますか」 飯島真理
愛する人に、「おぼえていますか」と尋ねるのは、幸せのとき、不安のとき、そして別れのとき。
愛し合っているときに尋ねるのは、心が共にあることを確認するため。愛が冷めたと感じたときに尋ねるのは、このままでいいのか自問するため。そして、愛する人が目の前から消えたあとで尋ねるのは、いとおしい人を、心の中で生き続けさせたいという願い。一度「ひとりぼっち」になった「わたし」が、彼の思い出を胸に、寂しさから抜け出して前に進もうとする姿だ。
だからこの曲は、聴きようによって、幸せのラブソングにも、レクイエムにもなる。
飯島真理のストレートな歌い方が、聴き手の想像をふくらませる。佳曲であろう。

M-8 「ハーフムーン・セレナーデ」 河合奈保子
愛し続けるふたりが離れて暮らすことのせつなさは、互いの想いを知っている分だけ、つよく意識される。
想い募る気持ちは果てしなく心を燃やし、夜風に冷まそうと外に出れば、空に浮かんだ半弦の月。これから満ちるのか、それとも欠けて消え行くのか。運命(さだめ)を占おうにも、月はただ寡黙だ。せめて、愛しい気持ちを伝えて欲しい。こみ上げる涙に、月は中空に滲むだけで、応えない。
長距離恋愛、あるいは不倫…。次に会える日を指折り数える少女の姿。腕の中で強く抱かれたいと願う女性の姿。ふたつの姿を月影に落として、彼女はその日を待ち続ける。
河合奈保子の音域をフルに使ったボーカルは、切なさを込めて次第に力強さを増し、砕けるように終わる。バラード集の中締めとしても、ふさわしい。

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December 02, 2004

Eternal Ballads に寄せて 第1章

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女性シンガーの名バラードを集めた「Eternal Ballads」。そこに広がる女性の恋愛模様を、4パートに分けて紹介してみたい。

M-1 「難破船」 中森明菜
陽は沈んで朝がくる。木は朽ちて森となる。されば、恋は…。
この恋愛の物語は、唐突に恋の終わりから始まる。海のように深く愛したひととの別れは、その海が深く広いほど、衝撃の波は荒ぶれて、嵐のごとく、何度も何度も押し寄せてくる。
そのなかでの「わたし」の存在は、弄ばれるただ1艘の舟だ。「たかが」と強がっていても、いつ果てるともしれない感情の嵐の前には、為す術がない。
中盤の間奏は、吹きすさぶ風、押し寄せる波のように、ストリングスが唸る。サスペンス性を前面に出して印象的だ。

M-2 「木枯らしに抱かれて」 小泉今日子
別れが突然なら、出会いもまた不意にやってくる。
恋の痛手を癒すのは、また恋でしかないという。はじまりは片想いから。ちょっとしたしぐさ。何気ない表情。昨日まで素通りしてなずなのに、なぜこんなにいとおしくなるのだろう。
恋の始まり方は何度目であれ、初恋とかわらない。違うのは、燃え広がる炎の早さか。失ったあとなら、それはなおさら…。
この曲で光るのは鼓動のようなドラムプレイとバグパイプ。恋に踏み出す行進曲(マーチ)のように、彼女を後押しする。

M-3 「恋一夜」 工藤静香
想いがひとつに重なった夜。
心に沸いてくるのは、喜びより、ふたたび失う不安。初恋じゃあるまいし、恋愛を経験すればするほど、幸せは儚く消えゆくものだと知ってしまう。
知っているからこそ、いままさに腕の中に抱かれている「わたしのきもち」に、正直になりたいと思う。いつか失うその時までは…。恋は叶えばこそ、刹那的で、無常の苦しみを与える魔物にもなるのだ。
作曲編曲は後藤次利。恋の深まりに落ちていく姿を、スリリングに演出している。

M-4 「好きにならずにいられない」 岩崎宏美
何度目かの恋が、花を咲かせた。
わたし自身が「好きにならずにいられない」と、恋の魔力にかかったと認めるのは、幸せの光が見えたから。
恋は、心を虜にして自らを生み増やす、ウィルスのようなもの。膨らんでいく恋心は、彼女を光り輝かせるけれど、同時に嫉妬の心も芽生えさせてしまう。「ただ好きでいたい」それだけのため、女性は艶やかさと醜さの二枚の羽をひろげる蝶になるのだろう。これまでとは違う幸せのもとに、飛び立つために。
収録のアカペラバージョンは、岩崎宏美の透明感のあるボーカルが映えて、美しい。


好評なら(笑)次章続きます。

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November 23, 2004

河合奈保子・SKY PARK

 中期・河合奈保子の方向性を決定することになったアルバム。

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 「SKY PARK」は、初のシンガー志向アルバムであった「あるばむ」の次に発売された(1983.6.1.発売)。「あるばむ」同様(当時はLPレコードなので)A面とB面とで違う作家を起用し、異なるアプローチから歌手「河合奈保子」の魅力を引き出している。A面は作曲を大御所・筒美京平に依頼、作詞は、来生えつこ、秋元康、売野雅勇の三氏で競作の形を取った。B面は「あるばむ」の手法で、石川優子に作詞作曲を全曲依頼している。

 このアルバムについて特筆しなければならないのは、奈保子ちゃんと、売野雅勇氏、石川優子氏との出会いではないだろうか。

 当時、新進気鋭の作詞家であった売野雅勇氏は、中森明菜「少女A」(1982.7.28.発売(*1))で一躍、ヒット作詞家となった。危うい思春期少女の心情を綴ったこの歌は、それまでのアイドル像を一変させ、「明菜伝説」の始まりを告げた。1年後、奈保子ちゃんが20歳を迎えるこの年に売野氏を作詞スタッフに迎えたのは、これまでの奈保子像とは違った切り口を見せたいという、制作陣の意気込みであろうか。
 とはいえ、売野氏にとっても、すでにアイドルイメージが定着している、そして彼の描く少女像とは反対側に位置する、奈保子ちゃんに詞を提供することは、かなりの悩みと冒険であったろう。「SKY PARK」での売野氏の作詞は、A-4 「八月のバレンタイン」1曲であるが、その歌詞世界は「少女A」と比べて、いささか丸い。加えて、筒美京平氏のリズミカルなサウンドに乗せているため、歌詞の角が覆い隠されている感じがある。奈保子ちゃんにどこまで大人の表現をさせるか、おそらく「曲先」であろうから、後で担当する売野氏の「大人度」フリカケの振り方に、制作陣も気を揉んだのではないか。結果的には、キャッチーな名曲が出来上がったわけだが、後から思うと、A-1「ちょっぴりパッショネイト」(来生えつこ作詞)の方が、より刺激的な作品となったのは興味深い点だろう。また売野氏にとっては、同日発売のシングル「エスカレーション」を皮切りに、精力的に河合奈保子作品の作詞に関わっていったことは、周知のとおりである。

 「SKY PARK」のエンディングを飾るのは、石川優子氏の作品「Sky Park」。朝日が昇る直前の、澄み切った空気を切り取ったような、さわやかで、かつ神々しささえ感じるこの歌は、聴くたびに私の背筋をゾクゾクさせる。Web サイト「河合奈保子音楽夜話」(*2)で触れられているが、後期の奈保子ちゃんの制作(特に作曲)活動の源泉のひとつに、この「Sky Park」があったのではないかという指摘は、傾聴に値するだろう。(「河合奈保子音楽夜話」は情報量も多く奈保子ファンにとって貴重なサイトです)。
 このアルバムで、「石川優子」というアーティストと出会うことになるが、彼女の作品であるB面の曲は、ある意味で石川調が強く出ている。奈保子ちゃんのボーカルなのだが、仮歌のイメージが強いのか、B-1 「恋人形」などでは、石川氏の歌いグセを、そのまま歌いこなしているような気がする。それは、奈保子ちゃんにとって、音域や声色において、石川優子調がことのほか歌いやすかった、ということになるのではないか。また、おそらくこの頃(もしくはこれ以前)から、曲の制作にみようみまねで取り組み始めた奈保子ちゃんにとって、シンガーソングライター石川優子氏の作品は、きっとお手本となったのであろう。もし、「石川優子」との出会いがなかったとしたら、奈保子ちゃんの1986年以降における豊穣の作品群は、生まれてこなかったかもしれない。

 「走り去る青春を あなたと見つめたい」 「Sky Park」の一節は、大人になってから思い返すと、じつに心の奥深く、感慨深いものである。

(参考 Web)
*1 http://www.ann.hi-ho.ne.jp/harumoto_itou/an01.html
*2 http://canariya.org/music/main05.xhtm

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November 20, 2004

三毛猫みぃちゃん

近所の理容店の美人猫「みぃちゃん」

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いつも髪を切ってもらっている理容店には、猫が座ってる。名前は「みぃちゃん」。三毛猫である。待合スペースのテーブルの上がお気に入りの定位置で、外を通りがかると、よくそこに上っているのだ。

みいちゃんの毛並みは、いつもふさふさしてる。理容店の猫だから、よく洗ってもらっているのかなあ。

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