June 15, 2005

遅ればせながら祝・25年

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しばらく、ブログの更新が途絶えてしまってましたが、ぼちぼちまた
始めようかと思います。時に6月ももう半ばだというのに、6月1日の
記念すべき日を、当ブログで扱っていないのはどうしたことか、という
声があったかなかったかは…。


はい! 今回は 河合奈保子歌手デビュー満25周年記念特集でございます。

1980年6月1日に、それまで河合奈保子=「かわいなほこ」と呼ばれていた少女は、
かわいなおこ」として全国デビューを果たします。
デビュー曲は「大きな森の小さなお家」。
キャチーなメロディは、同世代の方なら1度くらい聞いたことがあるでしょう。その日
から、イベント・キャンペーンの参加、1stアルバム・2ndシングルの制作、そして
日本青年館での初コンサートなどなど、多忙な生活が始まりました。

それからというもの、持ち前の頑張りで不慮の事故を乗り越え、愛らしい笑顔と
ひたむきな歌唱力で、日本の音楽シーンに数々の金字塔を打ち立てた業績は、
忘れられてはいません。

そして。毎年7月24日に行われる、読売ランドEASTでのバースデー屋外ライブでの
奈保子ちゃんの溌剌としたステージ捌きでは、アイドルを脱皮したライブパフォーマー
としての実力を垣間見ることが出来ましょう。アイドルからの進化という点では、
リリースする作品の質が、時に実験的だtったり、米国の大物アーティストとのアル
バム共同制作を2度も実現したりと、他のアイドルたちが出来ないようなことをやり
遂げたことは、今でも評価されていることだと思います。

また、自作曲中心となってからは、時に切なく、時に力強く、人の心の動きを表現
するメロディや歌詞の運びが素晴らしく、一貫して心に染み込んでいく音楽作りを
求めてきたと思われます。日本の(アダルト)ポップス界は、ともすると、大御所中心
になりがちですが、だからこそ若い「アーティスト」河合奈保子の存在を、再評価して
もらいたいと考えます。

1995年、奈保子ちゃんがFM東京ホールのステージを下りたときから、私たちは、
奈保子ちゃんが公で歌う姿を見ることは出来ずに、現在に至ります。
ご存知のように、結婚生活と出産・育児に専念するための、(無期限)休業に入って
いらっしゃいます。

そんな中で、奈保子ちゃんのデビュー25周年がやってきました。

それでも、私には、奈保子ちゃんとその作品に25年間、励まされもし、心を和まされた
思い出があります。いま活躍している歌手と同レベルで、奈保子ちゃんは私の中で、
活動しているといって過言ではありません。だから(奈保子ちゃんに届くか届かないか
判らないけれど)メッセージを送ってみようと思いついたのです。

ネットで知り合った多くの奈保子ちゃんファンは、当初、本人にメッセージを送るべきか
どうか悩んでいました。「25周年おめでとう」の先に、復帰を望む文言を入れるべきか
否か。それが、完全休業中の奈保子ちゃんにどういう影響を与えるのか予測がつか
ないなかで、どづいう意思表示をしたらいいのかを模索していたのだと思います。
結果、6月1日になって多くの方よりファンサイトのBBSやメール形式でおめでとうの
メッセージが発信されていきました。電報やファンレターを送った方もいたようです。

私は、ちょっと直接的に、事務所宛に祝電を打つことにしていました。ひょんなことから、
うすいのたかしさんとの共作ということで、事前に予定してたものにちょっと手を入れる
ことになりました。6月1日に配達してくれるようNTTに頼んだ文面は、以下の通りです。

河合奈保子様

デビュー25周年おめでとうございます。
アイドルからアーティストへ見事な進化を遂げた奈保子さん。
今でも奈保子さんの作品を聴いては、音楽性の豊かさに感服し
元気をもらっています。また歌いたくなったら、いつでもどこ
でも力いっぱい応援します。♪心には翼があるから‥


時計の針が、6月1日午前0時を回ったのを確認して、CD棚から「JEWEL BOX」の
Disc-1 を取り出し、深夜なのでヘッドホン装着のうえで、音量めいっぱい上げて、
デビュー曲「大きな森の小さなお家」と「ハリケーン・キッド」を聞く。
ああこういう瞬間が、ファン冥利に尽きるということか、と改めて合点した次第。
本来はシャンパンでも豪快に開けたい気分でしたが、我が家の「肝休日条例」
日に当たったため、ローアルコールビールでの乾杯となりました(笑)。

次は30年後ですかね。そのときまでに奈保子ちゃんは復帰してくれているので
しょうか。すべては奈保子ちゃんの胸の中にしまっているのかもしれませんね。

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March 20, 2005

河合奈保子・SUMMER HEROINE

健康的な水着写真をジャケットに持ってきているとおり、フォトジェニック・アイドルとして勝負に打って出たアルバム。

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題名どおり、夏向きなアルバムである(1982年7月21日発売)。全10曲中、7曲が竜真知子作詞・馬飼野康二作曲という、ヒット曲「スマイル・フォー・ミー」作家陣の曲で占められている。両氏のシングル作品である「ラブレター」「夏のヒロイン」も収録されており、レコードセールスをかなり意識したのではと思われるが、そうした販売方針とは別に、この後にリリースされる名盤「あるばむ」以降に繋がる兆候も見られる。

一つ目は、作家陣として、初めて、竹内まりや(作詞・作曲)を起用したことであろう。4曲目「アプローチ」がそれであるが、後の「けんかをやめて」に代表される、上質のティーンエイジポップスが、この曲にも体現されている。この曲の印象が制作陣に好評であり、後のシングル制作に繋がったのか、あるいは、すでに次期アルバム「あるばむ」のコンセプトが決まりかけていて、そのテストケースとして作られたものかは、想像の域を出ない。しかし、最初の竹内まりや作品が「SUMMER HEROINE」の中にあったことは、記録に留めておいていいだろう。

二つ目は、本格バラードへの挑戦である。5曲目「帰れない」や9曲目「Please Please Please」(いずれも竜真知子作詞・馬飼野康二作曲)は、以前のアルバムに多く見られた、伊藤アキラ作詞によるマイナー調ポップスとは、一線を画する仕上がりになっている。特に、「Please Please Please」は、最初スローテンポで始まり、次第にテンポが上がり、サビの部分ではボーカルが声を張り上げる形式は、中期・河合奈保子の曲構成に通じるものがあるのではないだろうか。歌詞も失恋することになった女の子の切ない心情を綴っていて、収録曲中ではj「ラブレター」に次ぐ名曲ではないかと思う。

終曲「もうすぐSeptember」では、夏の恋が終わったあとで、ひとつ成長した自分を見出す。アイドルカラーの強い「SUMMER HERIONE」であるが、ある意味、ボーカリストに向けての階段に足を踏み出し始めたアルバム、といえるだろう。

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November 23, 2004

河合奈保子・SKY PARK

 中期・河合奈保子の方向性を決定することになったアルバム。

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 「SKY PARK」は、初のシンガー志向アルバムであった「あるばむ」の次に発売された(1983.6.1.発売)。「あるばむ」同様(当時はLPレコードなので)A面とB面とで違う作家を起用し、異なるアプローチから歌手「河合奈保子」の魅力を引き出している。A面は作曲を大御所・筒美京平に依頼、作詞は、来生えつこ、秋元康、売野雅勇の三氏で競作の形を取った。B面は「あるばむ」の手法で、石川優子に作詞作曲を全曲依頼している。

 このアルバムについて特筆しなければならないのは、奈保子ちゃんと、売野雅勇氏、石川優子氏との出会いではないだろうか。

 当時、新進気鋭の作詞家であった売野雅勇氏は、中森明菜「少女A」(1982.7.28.発売(*1))で一躍、ヒット作詞家となった。危うい思春期少女の心情を綴ったこの歌は、それまでのアイドル像を一変させ、「明菜伝説」の始まりを告げた。1年後、奈保子ちゃんが20歳を迎えるこの年に売野氏を作詞スタッフに迎えたのは、これまでの奈保子像とは違った切り口を見せたいという、制作陣の意気込みであろうか。
 とはいえ、売野氏にとっても、すでにアイドルイメージが定着している、そして彼の描く少女像とは反対側に位置する、奈保子ちゃんに詞を提供することは、かなりの悩みと冒険であったろう。「SKY PARK」での売野氏の作詞は、A-4 「八月のバレンタイン」1曲であるが、その歌詞世界は「少女A」と比べて、いささか丸い。加えて、筒美京平氏のリズミカルなサウンドに乗せているため、歌詞の角が覆い隠されている感じがある。奈保子ちゃんにどこまで大人の表現をさせるか、おそらく「曲先」であろうから、後で担当する売野氏の「大人度」フリカケの振り方に、制作陣も気を揉んだのではないか。結果的には、キャッチーな名曲が出来上がったわけだが、後から思うと、A-1「ちょっぴりパッショネイト」(来生えつこ作詞)の方が、より刺激的な作品となったのは興味深い点だろう。また売野氏にとっては、同日発売のシングル「エスカレーション」を皮切りに、精力的に河合奈保子作品の作詞に関わっていったことは、周知のとおりである。

 「SKY PARK」のエンディングを飾るのは、石川優子氏の作品「Sky Park」。朝日が昇る直前の、澄み切った空気を切り取ったような、さわやかで、かつ神々しささえ感じるこの歌は、聴くたびに私の背筋をゾクゾクさせる。Web サイト「河合奈保子音楽夜話」(*2)で触れられているが、後期の奈保子ちゃんの制作(特に作曲)活動の源泉のひとつに、この「Sky Park」があったのではないかという指摘は、傾聴に値するだろう。(「河合奈保子音楽夜話」は情報量も多く奈保子ファンにとって貴重なサイトです)。
 このアルバムで、「石川優子」というアーティストと出会うことになるが、彼女の作品であるB面の曲は、ある意味で石川調が強く出ている。奈保子ちゃんのボーカルなのだが、仮歌のイメージが強いのか、B-1 「恋人形」などでは、石川氏の歌いグセを、そのまま歌いこなしているような気がする。それは、奈保子ちゃんにとって、音域や声色において、石川優子調がことのほか歌いやすかった、ということになるのではないか。また、おそらくこの頃(もしくはこれ以前)から、曲の制作にみようみまねで取り組み始めた奈保子ちゃんにとって、シンガーソングライター石川優子氏の作品は、きっとお手本となったのであろう。もし、「石川優子」との出会いがなかったとしたら、奈保子ちゃんの1986年以降における豊穣の作品群は、生まれてこなかったかもしれない。

 「走り去る青春を あなたと見つめたい」 「Sky Park」の一節は、大人になってから思い返すと、じつに心の奥深く、感慨深いものである。

(参考 Web)
*1 http://www.ann.hi-ho.ne.jp/harumoto_itou/an01.html
*2 http://canariya.org/music/main05.xhtm

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November 16, 2004

河合奈保子・Twilight Dream

 隠れた名曲「愛してます」を含む、センチメンタルな雰囲気の1枚。

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 「愛してます」を初めて聴いたのは、自分がまだ中学生の頃。地元のFM局でやっていたリクエストランキングで第1位になり、フルコーラスで掛かったときだった。

 以前にセカンドシングル「ヤングボーイ」が、TBS「ザ・ベストテン」にランクインしたのを見ていたので、「河合奈保子」というアイドルがデビューしたことは知っていたが、「ヤングボーイ」のときの印象は、正直いって薄かったように思う。

 けれど、フルコーラスの「愛してます」を聴いて、このアイドルは違うっ!と、直感的に感じたことを、今でも鮮明に覚えている。秘めやかで切ない少女の恋心を、素直な歌声で丁寧に表現してる。同期デビューであった松田聖子の華やかさとは違った、ニュアンスを伝えることの出来る女の子だなと、そのとき思ったのだ。

 このアルバム、「愛してます」を含めて、半数の作詞を手がけた、伊藤アキラ氏の志向もあるのだろうが、アイドルのアルバムとしては異色なほど、憂いを含んだ歌詞にマイナーな曲調が相まって、トータルイメージは決して明るくない。むしろアンニュイである。「愛してます」の次に発表された、4番目のシングル「17才」や「イチゴタルトはお好き?」のように、明るい出だしでも転調してマイナーに移る曲が多くを占める。ここからも、河合奈保子という素材を「歌唱派」アイドルとして捉えていた、当時の制作陣の意図が読み取れるだろう。

 終曲「Twilight Dream」の1フレーズには「季節風のような愛」という表現がある。移ろいゆく幼い愛情の行方に、心揺るがす少女の心情が込められていて、味わい深い。

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November 06, 2004

河合奈保子・あるばむ

 河合奈保子にとって、アイドルからポップスシンガーに大きく舵を切ることになった、エポックメーキング的な作品。

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 アルバムの(当時はLPなので)A面の作詞をを竹内まりやに、B面を来生えつこ/来生たかおに、それぞれ曲の制作を依頼した、いわゆるコンセプトアルバムの形態をとっている。彼女はアルバムにおいて、コンセプトを前面に打ち出した作品を多く発表しており、「あるばむ」は、その最初の作品であるといえよう。

 A面B面とも、才ある作家の色合いを強く印象付ける作品群であるが、秀逸なのはB-1にある「浅い夢」である。来生たかおのデビューアルバムに収録された名曲(しかも1曲目)のリメイクであり、奈保子ちゃんも相当気合が入ったものと想像に難くないが、曲調はいたって穏やかであり、原曲の味わいを残しつつも、つややかさを含んでいる。

 A-4 「砂の傷あと」は竹内まりや作詞、林哲司作曲である。青春の苦い 1ページを切り取った、せつない物語を綴っていて、奈保子ちゃんは、ティーンエイジの心情を、積み上げるように歌っている。「もう帰らないのね」 そう、青春の熱い一瞬は、決してもう帰らないのだ。

 全10曲、試聴すれば上質なポップスであることが実感できよう。それは、所詮アイドルだからという、おざなりな作りは微塵も伺えない、まことに丁寧な作品であるからだ。そして、奈保子ちゃんのボーカルが、これらの作品に若々しい華をそえている。

 いまでも、ため息がでます。この「あるばむ」を聴くと。

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October 26, 2004

河合奈保子・LIVE

 MARU さまトラックバック記念に、奈保子ちゃんパート2をば。

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 これは 1980年10月14日、東京の芝・郵便貯金ホールにて開催されたコンサートを収録した、初のライブアルバム「LIVE」。

 ようやく、シングル2枚「大きな森の小さなお家」「ヤングボーイ」と、ファーストアルバム「LOVE」がリリースされた段階で、持ち歌はまだ少ないためか、「不思議なピーチパイ」など、カバー曲を織り交ぜた構成である。
 デビューしたての少女にとって、大きな舞台でのファーストコンサート、しかも一発録りのライブ収録があるとなれば、いかに緊張するか、想像に余りある。それでも、オリジナル曲、カバー曲ともに、精一杯心を込めて、「正確に」歌い上げ、観客を引き込んでいく。この本番のためにきっと何十回とレッスンしたであろう。また同時に、後年、恒例となった読売ランド・イーストでのバースディライブのパフォーマンスを思い出させる。(言うまでもなく)彼女の歌唱力レベルは、デビュー時から高かったのだ。

 冒頭、奈保子ちゃんはMCで言う。私は他の歌手のようにいろんなことはできない でもこのステージ最後まで精一杯努めると。この宣言に、歌に対するプロ意識の高さ、そして「歌手」河合奈保子の巣立ちを、確かに見て取れるのである。

追記 カテゴリに河合奈保子を追加しました。

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October 19, 2004

河合奈保子・LOVE

 今日はコレクションの中から、ひとつお披露目。

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 80年代を席巻したアイドルの一人であり、私のお気に入り暦 24年を数える、永遠の 25歳、河合奈保子のファーストアルバム「LOVE」。これは、リリース時になけなしの小遣いで買った……ものではなくて、この間、Yahoo! オークションで落札したもの (^^; (当時はアルバムを買うお金がなかったのね←言い訳)。

 で、奈保子ちゃんのどこがいいかというと。まず、声。彼女の歌声には、性格のよさを裏打ちするような、まっすぐで伸びのある、きれいな張りがある。そして、はじけるような笑顔。アイドルとしての職業的笑顔ではなく、人間としての優しさが、顔いっぱいに現れているように思う。このファーストアルバムには、そんな彼女の魅力が、歌に取り組むひたむきさと一緒に、パッケージングされている。そう、表紙のスナップのように。ホント、いいアルバムだよ。

 いまは静かに、そして幸せにプライベートな日々を過ごしている彼女であるが、1ファンとしては、何年かづつでいいから(新作でなくてもいいから)、新しい歌声を聞かせてほしいと思っている。例えば、彼女も親しい間柄であるという、竹内まりや嬢のように。

 通勤の途中で彼女の歌を聴いていると、満員電車も苦にならないね。

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